今年の合宿は、9月2日〜3日の週末、富士山の周辺に足をのばし、富士山信仰の聖地や富士講の遺跡などの見学と宝永山ハイキングをメインに催行しました。
行程は以下の通り。参加者は11名。お天気は2日間ともにくもり時々晴れでした。
9月2日(土)
名古屋、甲府、沼津などからクルマや電車利用で10:30に富士宮に集合。
まず「富士山本宮浅間大社」に参拝し、お宮横丁にて名物「富士宮やきそば」の昼食。
グループ分けして「白糸の滝」、「人穴富士講遺跡」を見学。
富士山本宮浅間大社


御師の家 旧外川家住宅

富士山をほぼ一周し、「表富士グリーンキャンプ場」に移動。
買い出しチームはスーパーで食材等を購入。
キャンプ場では、コテージ 2棟に分かれて宿泊。
夕食・宴会は、バーベキュー(肉、さんま、野菜)、ダッチオーブン料理(パエリア)などを堪能。
心静かに就寝。


9月3日(日)
朝食後、水ヶ塚駐車場に移動し、シャトルバスに乗車。
富士山の富士の宮口五合目登山口に10:30頃到着。ここから宝永山ハイキングに出発!
お天気は曇りというか霧模様で肌寒かったが、第二火口縁に着いた頃、少し晴れて火口や宝永山の頂が見えた。また、急坂を登って第一火口縁に着いた時はまた霧が深くなったが、火口底に降りたあたりでほんの少しの間、スーッと霧が晴れ、火口だけでなく富士山の稜線も眺望でき、皆々感動!
宝永山


12:30頃に六合目の「宝永山荘」に到着し、昼食。行きと同じルートで水ヶ塚駐車場に戻った。
ここからは、地元出身の加藤正夫さんの先導により、富士修験の中心で、富士宮口登山ルートの起点となっていた村山浅間神社を参拝。最後に、富士市内の加藤正夫さんの実家に寄り、畑を見学させていただいた後、解散。みなさん、お疲れさまでした。
以上、林でした。写真は、水野拓郎さん、杉野実さん撮影。
行程は以下の通り。参加者は11名。お天気は2日間ともにくもり時々晴れでした。
9月2日(土)
名古屋、甲府、沼津などからクルマや電車利用で10:30に富士宮に集合。
まず「富士山本宮浅間大社」に参拝し、お宮横丁にて名物「富士宮やきそば」の昼食。
グループ分けして「白糸の滝」、「人穴富士講遺跡」を見学。
富士山本宮浅間大社
- 富士山の噴火を鎮めた御神徳により崇敬を集め、富士山信仰の広まりと共に全国に祀られた1300余の浅間神社の総本宮と称されるようになった。富士山の八合目より上は奥宮境内地。主祭神は、木花之佐久夜毘売命。
- 「古来霊峰とされ、特に山頂部は浅間大神が鎮座するとされたため、神聖視された。噴火を沈静化するため律令国家により浅間神社が祭祀され、浅間信仰が確立された。また、富士山修験道の開祖とされる富士上人により修験道の霊場としても認識されるようになり、登拝が行われるようになった。これら富士信仰は時代により多様化し、村山修験や富士講といった一派を形成するに至る。」(Wikipedia「富士山」)


御師の家 旧外川家住宅
- 御師(おし)は、角行が説いた信仰の指導者であり、富士講の講員に富士登山時の宿泊所を提供する役目を担っていた。外川家住宅の母屋は300年前の建物。
- 「登山口は末代上人が開いた登山道を起源とし、登山道が完成されたそれが最初の登山道と言われる村山口である。これにより富士修験が成立したとされる。次第に他の登山道も開削されてゆき、13世紀には大宮・村山口、吉田口、須山口の3登山道の存在が確認されている。後に須走口が出来たとされる。15世紀後半には他の登山口と比べ吉田口を利用する道者が目立つようになっていたと考えられ、特に富士講の隆盛が見られた18世紀後半以降では、他の登山口の合計と同程度であったという。」(Wikipedia「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」)

富士山をほぼ一周し、「表富士グリーンキャンプ場」に移動。
買い出しチームはスーパーで食材等を購入。
キャンプ場では、コテージ 2棟に分かれて宿泊。
夕食・宴会は、バーベキュー(肉、さんま、野菜)、ダッチオーブン料理(パエリア)などを堪能。
心静かに就寝。


9月3日(日)
朝食後、水ヶ塚駐車場に移動し、シャトルバスに乗車。
富士山の富士の宮口五合目登山口に10:30頃到着。ここから宝永山ハイキングに出発!
今回は山頂までは行かず、火口を見学。五合目の標高は2300m。標高差は100m程度。
コース:五合目バス停 ⇒ 五合目宝永入口 ⇒ 樹林帯 ⇒ 第二火口縁 ⇒ 第一火口縁 ⇒ 火口底 ⇒ 第一火口縁 ⇒ 六合目(昼食) ⇒ バス停
コース:五合目バス停 ⇒ 五合目宝永入口 ⇒ 樹林帯 ⇒ 第二火口縁 ⇒ 第一火口縁 ⇒ 火口底 ⇒ 第一火口縁 ⇒ 六合目(昼食) ⇒ バス停
お天気は曇りというか霧模様で肌寒かったが、第二火口縁に着いた頃、少し晴れて火口や宝永山の頂が見えた。また、急坂を登って第一火口縁に着いた時はまた霧が深くなったが、火口底に降りたあたりでほんの少しの間、スーッと霧が晴れ、火口だけでなく富士山の稜線も眺望でき、皆々感動!
宝永山
- 宝永山は、宝永4年(1707年)の宝永大噴火で誕生した富士山最大の側火山。


12:30頃に六合目の「宝永山荘」に到着し、昼食。行きと同じルートで水ヶ塚駐車場に戻った。
ここからは、地元出身の加藤正夫さんの先導により、富士修験の中心で、富士宮口登山ルートの起点となっていた村山浅間神社を参拝。最後に、富士市内の加藤正夫さんの実家に寄り、畑を見学させていただいた後、解散。みなさん、お疲れさまでした。
以上、林でした。写真は、水野拓郎さん、杉野実さん撮影。


































































